Again,Dear.

やっとたどり着いた墓の前で、私はなにも言えずに立ち尽くし、恐る恐る墓石を抱き締めた。硬い。しかし、あの人の柔らかいしっかりとした体を思い出す。薄暗い森の中で、私は惨めったらしく泣きわめいた。

 英雄から国賊に堕ち、果ては私の素性も知れて魔女になった挙げ句、火刑に処された。そんな私が生きてここまで辿り着けたのは、天のご加護としか言いようがないだろう。この墓の側にいると、昔のことをよく思い出す。あれは、貴女との出会いと偽りの日々だった。

 思い出にふける暇もなく、私は墓の周りを掃除することにした。日の光すらも微々たるこの地で、彼女がひっそりと眠るなら、私はこの地を出来る限り美しく清潔に保ちたかった。手に伝わる冷たさから、私は愛しい人の温もりを感じた。妄想甚だしいのは承知だが、何故か全身の火傷の痛みも引いてしまうのだった。

 近場の村人からいらない布と木片を貰うことが出来た。ぼろ布を纏った私を村人は腫れ物に触れるように扱ったが、私にはどうでも良かった。早く、綺麗にしてやるからな。体を動かしていると、成果は目に見えて現れるようになった。

 公務に当たっていた時には得られなかった充実感に、私は感心した。そして、周りある見捨てられた墓石もついでに掃除することにした。木片で作った水入れと布、手で草を千切って土に埋めれば、辺りは体裁を保てる。そうして、墓地は姿を現したのだった。

 「ありがとう」。振り返ると、壮年の髭を蓄えた男がいた。久しぶりに声をかけられたので声が出なかった。男は聡明な瞳で私の状況を察知し、掌を見せて手を振った。無理をするな、と気を遣われる。ただそれだけで、目頭が少し熱くなった。

 男が何度か墓地に訪れ、交流することになる。そうして、彼が私の愛しい人を埋葬してくれたことが分かった。彼に頭を下げて感謝した。彼は何も聞いてはこない。私の素性も、彼女との関係も、何も。

 誰にも知られない森の奥で、私はこれからずっとこの墓の前にいる。

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