theater of sign

2024.6.23(日)~2024.6.30(日)

星座のシアターだと、私に言ってきたのは顔のない案内人だった。

 またよく見るあの夢か、と私はうんざりして息を吐く。夢を自覚できるほど私は聡明ではなかったが、この夢は何度も何度も幼い頃から見てきたから分かるのだ。

 出来が悪くて何事も根気よく続けられない私の脳裏に、よく刻まれた記憶だった。誰かの思い出や場所よりも鮮明に私の後を追ってくるこの夢。居心地の悪さと気分の高揚が同時に訪れる夢だった。

 赤い絨毯で加工された中央フロアから、天井を見上げる。真っ黒ではない、淡い紫陽花のような夜空が描かれている。しかし、夢はここで終わりではない。点滅する8番の映画館入り口に、私はするりと入っていった。

 巨大なシアターはちょうど上映中だった。しかし、他に客もいないので私は特に何も考えずにど真ん中に座った。中央のH列が、私は一番好きだ。全体を俯瞰して見れる。

 夢は記憶の整理だと人は言う。だが、映画の内容はいつも同じ。私の人生の記憶には全くないものだ。失踪した友人を探しに異世界に行き、河原で眠る友人を掘り起こすのだ。頓珍漢で馬鹿馬鹿しい。しかし、何故か懐かしいと感じてしまう。

「ご気分はどうでしたか」。退屈な映画を見終わった後、顔のない案内人に問いかけられる。初めてのことだったので、私は驚いて声がでなかった。「びっくりした」。思わず心中が漏れてしまう。顔のない案内人は笑う。笑ったように感じてしまい、私はよからぬことを考えた。「私はもしかして、死んだのか」

「何をおっしゃいますか」「あんたが話しかけてきたのは初めてだ」「だから、この夢は死ぬ間際の走馬灯だとでも言いたいのですか」「そうだ」「だとしたら、貴方の人生はさぞかし奇天烈で愉快だったんでしょうねえ」。顔が無くても支配人は笑う。私は早く目が醒めろ、と強く念じた。例えるなら死ぬ気で、だ。

 暗くなる視界の中で、声がした。「付け加えますと、貴方に話しかけたのはこれが最初ではありませんよ」。ああ、この声はあいつの声だ。いや、あいつとは誰だろう。そして、私はいつも通り目が覚め、夢の内容などさっぱりと忘れてしまうのだった。強い生への渇望など微塵も覚えていなかった。

 暗く辛い平坦な日々が続くと、やはり夢の中でシアター辿り着く。死の影を振り払うように、赤いソファに座らせてくれるのだ。

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