「あのゲームまだやってたんだ」
騒がしい店内で、私と友人は向かい合って座っていた。他の友達とは来ない、特殊なカフェ。およそ大学の同じゼミの子とは来ないであろうこのカフェで、私は機械的に頷いた。
「やってるよ、そりゃ。ここのコラボカフェに誘うぐらいだもん」
テーブルには色とりどりの細いグラスに入ったドリンクが並んでいる。一つは友人が注文したもの、後の12本のグラスは私が注文したものだった。フードはない。そういう注文の仕方は、こういうコラボカフェでは許されるのだった。
奇異なものを見る視線では見られない。
「確かに」
友人が半笑いで応酬する。する必要もない会話だった。
私は周りをチラと見た。
ソーシャルネットワークゲーム「愛SCREAM」とのコラボカフェ。私は勿論このゲームが好きでここの予約抽選を行ったし、周りの子もそうだろう。席は満席。大体が一人から二人で席に座り、ゲームのキャラクターを模したぬいぐるみやアクリルスタンドをテーブルに出していた。
誰もが自分の世界に夢中になり、カメラを構えたり、懸命にスマホを操作して時間を使っていた。
ふと、一人席を見て思った。
一人で来たら良かったかも。
「チカはさ、どんな感じ」
自分で言っといて、変な質問だと思った。話題を考えなくても言いたいことを言い合えるから、チカが好きだったのに。
「どうかな。ぼちぼち」
半月型のアイスクリームの乗ったメロンソーダを、飲むでもなくストローで混ぜながらチカは半笑いの口を一文字に戻していた。
ここにいるのが罰ゲームだとでも言いたげだ。なら、来なくても良かったんじゃない、とまで私は億劫で言えない。
「しゅ、就職活動は」
大学四年生秋、ありきたりな話題を私は選ぶ。
「あは、それ聞いちゃう」
チカの反応を見て、良かったと胸を撫で下ろした。そして、少しだけ胸に苛立ちが込み上げる。
人間関係が嫌になる時に、よく私が感じていた種類の予感めいたものだった。
「聞いちゃう聞いちゃう」
ノリを合わせるのも、高校生の時に比べてだいぶ上手くなってきた。私は少し虚しくなる。
「内定貰いました~」
ためにためて、チカは嬉しそうにピースサインを作った。眩しい笑顔は変わらない。いいな、チカ。おめでとう。チカ。
変わらない笑顔に、私は安心もしたし寂しさも感じた。就職活動に上手くいっているのは妬みよりも喜びもあったが、なぜか心が動くことがなくて自分自身驚く。
典型的な喜びの表情、仕草をして、私はチカの内定先の話を一通り聞いた。興味のあるふりも、私自身就職活動で身に付けることができた。本当に好きなことは別にある。しかし、仕事にするほど冒険できない。本当に自分のしたいことなど分からない。そんな宙ぶらりんな状態で、私は友人のチカに嘘の自分のまま頷いたり笑顔を見せた。
つまんねえな。
12本の自分の分のドリンクをチビチビと吸い上げながら、私は笑っていた。赤、青、緑、黄、ピンク、紫のドリンクが2杯ずつだ。ゲームのキャラクターをモチーフにしたカラーのドリンクを2杯ずつ。一杯税込1400円なので16800円。舞台のブルーレイ初回版が買える値段だ。でも、このコラボカフェのドリンク1杯につくコースターが欲しいから、仕方ない出費。
私が店内に入って最初に注文したときのチカの顔は、そんな私を何度も見てきた癖にあり得ないとでも言うような表情で見てきた。あれは、傷ついたしびっくりした。
「チカは、今日楽しみにしてたの」
スムーズなチカの話をぶったぎるように私は聞いた。確認せねば。私は、
チカに誘われないとこのゲームを知ることはなかったんだから。
「うん」
軽く頷いて、チカはお手洗いにいくと席をたった。
彼女の背中を見送ってから、私は顔の緊張を解く。ふう、と思ったりため息が大きくなって腹の底から出てくる。
青のドリンクに目をやった。チカぎ好きだったキャラクターをモチーフにした、ブルーハワイのドリンクだ。すべてのドリンクには、ご丁寧にアイスがのっている。チカは、なんで好きなキャラクターモチーフのドリンクを頼まなかったんだろう。忘れちゃったのかな。もう、どうでも良くなったのかな。
変わることは悪いことじゃない。半ば言い聞かせるように、私は青いドリンクを飲んだ。ブルーハワイの爽やかな波が喉を通り、最後にバニラアイスの溶けた甘味が襲ってくる。
アイスは好きじゃない。ドリンクに溶けたアイスはもっと好きじゃない。でも、コースターの為に注文する。そういうシステムだから。
私とチカが就職活動をやむ無くするのも、社会のシステムに基づいてこの流れに乗らなければ生きていけなくなるからだ。
そういうものなら、そういうものとして受け入れなければならない。
好きなものを只楽しんでいた時代が、共有できた時が、変わって溶けていくのだ。単純な話だ。
戻ってきて欲しくない。
チカには、まだ席をたっていてほしい。
私は顔を伏せながら、溶けていくアイスと青の境目をじっと見ていた。