2025年6月20日の、なんてことのない日だった。
金曜日の仕事は心が軽い。私だけでなく、職場の雰囲気自体が軽い気がした。取引先の締日ではあったが、それでも足の運びすらも簡単だった。
梅雨は来週あける。
夏至が過ぎたかどうか、ぼんやり考えて昼飯のおにぎりを頬張っていた。
蒸し暑い会議室で、家からわざわざ持ってきたノートと教材を広げるだけ広げて、私はお昼の休憩時間を無駄にしていた。
一緒にご飯を食べていた職場の人ととりとめのない挨拶をして、私は一人きりになった会議室で携帯画面をずっと見ていた。
なにが面白いんだ?
携帯画面は指紋で汚れきっていた。日焼け止めを馬鹿みたいに塗っていたので、私の指の足跡のようなものがくっきり残っていた。
空いた時間、その隙間を埋めるように携帯画面を通して近場の世界を覗いている。
何もない隙間の時間に、私は勉強道具を持ってきたのに、何をしてるのだろう。
なにを追っている?
追っている情報は、必要なものなのか。分からない。分からないのに、気になって探っている。
今探しているのは、クロスバイクのことだった。今度文学フリマ香川に行くので、香川の屋島をサイクリングしようと思っていた。そうだ、土曜日に遊ぶ友人と長澤まさみ主演の映画ドールハウスを見たいなと思っていたんだった、ああ、世界堂のデッサンリュックが欲しくて、この前のミッション・インポッシブル面白かったなあ、今日は金曜日だからロードショーで前作をするんだっけ、昼休み終わったらトイレットペーパーの補充確認をしよう。
止まらない思考が、私の体を削っている。
ジョブズはやっぱりすごい人だ。私はもう完璧にうつむき加減の奴隷だ。
すごいのは彼で、私は意志の弱い流されがちな日本人。
手を停めたのは、メールが来ていることに気付いたからだった。
カードの使用明細だろうか。
しかし、それは長らく放置していた小説投稿サイトの運営からのメールだった。
あなたにお勧めの小説があります、とでも書かれているのだろう。申し訳ないが、運営から自分好みの小説が投稿された試しは一度だってなかった。
なにが好きか、私は少し自分が分からなくなっていた。
そのメールは、私が思っているありがちなものではない。
「頑張ってください」
それだけ。
メールの文は、感想だった。
私が投稿した小説に対してのもので、私は一瞥して逃げるようにウェブに画面を戻した。そしてサイトをうろうろして、でも、無視など出来るはずもなかったのだ。
携帯に入れている小説投稿サイトのアプリを広げて、その一文を探した。
ない。
私はわざわざメールに戻って、サイトを開ける。
一文をじっと凝視するほどでもなかったが、見つめずにはられなかった。その一文が、何よりも胸に響いて、私は恥ずかしながら少し泣いた。