サンダーゴースト
2024/6/2~2024/6/9
男には度胸が必要だ。それが例え世界の真実だったとしても、俺は気にしなければ良かったんだ。度胸、無謀、勇気、試したがる者のなんと多いことか。一番に守るべきは、自分の命以外にはない。そして、知るべきだった。自分たちの命が如何に脆く、自由は儚く危ういのかを。
「サンダーゴーストを探しに行こうぜ」。最初に言ってきたのは誰だったか。グループの中で一番のお調子者が酒の勢いに任せて言い出した。巷で話題になっている夜中に出歩く光るお化けのことだと、俺はすぐに分かった。一番下の弟が言っていたのだ。夜中に悪餓鬼を集めて探しに行こうとするから、お袋がカンカンになっていたのも記憶に新しい。
「小学生の遊びだろ」。俺が言うと、お調子者は分かっていないな、とでも言うような顔をした。「マジで、いるんだよ」。慎重に言葉選びをしたとしても、酒場にいた俺たちの雰囲気は白けていた。小学生の噂を、大学生にもなって信じる馬鹿がどこにいるっていうんだ。しかし、過ちは誰にでもあるものだ。
あまりにもサンダーゴーストを探しに行くとうるさいので、「車なら俺が運転するよ」と要らぬお節介を誰かが焼いた。そうして始まった幽霊探しだが、山の中でいの一番に発見するのが乗り気ではない俺本人だったのだ。夜に見せる真っ暗な林に、ボウと光るそれは成人男性ほどの大きさだった。
あれが例の幽霊か。俺は冷静に影の中から観察し、全身から血の気が引いた。それは、幽霊と言うよりもただの人間にしか見えなかった。だが、顔の位置には目も口もなく、脂肪の凹凸しか見えない。人のような人でなし、残酷な感想を抱いた。そして、その生き物はあろうことか俺の隠れる茂みをじっと見て向かってくるではないか。
サンダーゴーストが動き出す前に、俺は悲鳴を噛み殺しながら猛烈に走り出した。後ろなど振り返るものか。しかし、木の景色が過ぎ去るごとに、俺の頭では今までのことが反芻してきた。家族、地元の友人、初恋の人、地元に残してきたペットたち……、これが走馬灯かと気付いた時には、背後から抱きしめられていた。誰かなのは分かりきっているだろう。
どんなおぞましい景色だろうと振り返ることが出来た時には、俺は林には居なかった。ぬめりのある舌に手を舐められ、自分が椅子に座っていることが分かる。目の前には、暖かな暖炉と健気な犬がいた。初めて見る景色だったが、俺には段々と馴染のある風景だと受け入れるのに時間は要さなかった。
やがて全てが曖昧になり、俺の心の中には逸る気持ちだけがあった。鏡のないこの狭い家を飛び出し、闇の中で光る自身を不思議とも思わず、散歩する。そして見つけた。ああ、車に乗ってやってきた。愚かな青年たちが見える。俺は注意深く観察した。
人の良さそうな、あの集団に場違いな青年。彼に、この役を押し付けることにしよう。